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2004.05.18

悠々

 霜月の新蕎麦を愛でるにはまだ半年も待たねばならぬ今時分に、3年前に記した拙文をエントリにしようと思い立ったのは、蒸し暑くなってきたこの時期つるりと蕎麦なんぞを喰いてえなぁと思ったからなのだが、、、。今は昔、東京に住んでいた頃の話です。

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 ドアを開けると「いらっしゃい」、と大きな声。ジャズの音をバックに藍の作務衣姿で階段の上から顔をのぞかせるご主人。Oさんである。「もう打ち上がってますよ」と居間に通されると、木箱の中に薄いベージュ色の麺が寝かせてある。まさに蕎麦色というのがふさわしい、期待を煽る色である。

 Oさんが蕎麦打ちを初めたのは、二年ほど前。それまでは食べる役専門だったという。それがまたたく内に、買い求めた“初心者向け蕎麦打ちセット”に飽き足らず合羽橋に包丁を探し、手彫りの欅材のこね鉢を懇意の漆職人に塗り上げてもらうという入れ込みようである。ねだって見せてもらったこね鉢は、何とも味わいある色合い。手彫りの風合いは正に逸品である。「弘法筆を選ばず」とも言うが、本当は良い道具は技を磨く一つの早道である。良い道具なしでは良い仕事は難しい。Oさんの世界はまさにそれである。

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 さて、打ち上がった麺は茹でられて正に命を得る。納得の麺を仕上げるには、生の麺そのものの出来と茹で上がりの成否の、気の遠くなるような組み合わせの中から生まれる。正に試行錯誤である。Oさんの茹で時間の目安はおよそ四十秒。最初は時間を計っていたが、今は沸き上がる鍋の表面を見ていて頃合いがわかるという。Oさんに選ばれたのは、小諸の大西製粉の蕎麦粉。良い仕事には良い素材も欠かせない。五百グラムの蕎麦粉で打たれた麺は、都合三回茹で上げられる。わずか四十秒前後で絶品にもなれば台無しにもできる。正に正念場、真剣勝負なのである。

 さあ、いよいよ一皿目の麺が冷水でキリリとしめられ、竹ざるに盛られて出される。奥様のK子夫人は手慣れた様子で切り海苔を散らす。早速箸で一掬い、麺端だけをつゆに浸し啜り込む。旨い。さらにもう一掬い。のど越しのなんと滑らかなことか。そして鼻腔へぬけていく蕎麦の香。たちまち一皿目のざるは空になる。二皿目の麺が出された。箸でやや大ぶりにすくい取り、麺端をつゆに浸すのももどかしく一口。巧い。なんと一皿目と歯触りが違う。プリッと唇に触れる弾力。腰のある歯触り。早くもざるの編み目の麺をつつきながら、三皿目を待っている。のど越し、歯触り、と来て次はと期待が高まる。K子夫人の、箸休めというにはもったいないほどの絶妙な味付けの豆ひじきの煮物を楽しみながら思いを馳せるのは、蕎麦の世界の奥の深さだ。時を同じくして打たれた麺が数十秒の刹那、茹でられ姿を変えるのである。はたして、三皿目の麺は、、。あぁ美味い。その味わいは、すべてをもう一度思い出させる味わいであった。

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 蕎麦湯を楽しみながら、蕎麦粉と水の按配について尋ねてみる。季節や湿度で水加減は微妙に変わる。手の平に水をつけて微調整をしたり、霧吹きを使う人もいるという。納得のいく水加減を得るには、ひたすら場数を重ねていく。本当に奥が深い。晴れた日曜の昼下がり、日本酒を供に笑顔で語るOさんの本業は、高校の地学の先生である。愛猫"L"を構いながら、やさしい眼差しで語るOさんのまわりを流れていく時間は、実に悠々としている。

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Comments

伊丹に美味しい何でもやってる蕎麦屋を見つけました、手延べで生粉打ち荒引きの十割蕎麦めちゃうまです。

Posted by: あじへい | 2005.02.26 at 12:13 PM

蕎麦どころ信州出身者の私は、知り合いに「美味しい蕎麦屋を教えてくれ」と言われても答えられません……情けなし。
そば湯って、その存在が好きです。滅茶苦茶おいしいモノでもないんだけど、なんというか優しい飲み物っていう感じがして。

Posted by: マミタン | 2004.05.25 at 05:40 PM

ええ情報や! 感謝(^.^)

Posted by: yoo_san | 2004.05.20 at 10:14 PM

yoo_san>> 今月号の"Meets"に「関西蕎麦ルネッサンスその物語」って記事載ってますよ!

Posted by: weblog244 | 2004.05.19 at 12:20 AM

今は関西の蕎麦屋情報を収集中。関西蕎麦シーンはだんだん盛り上がってきてるみたい。あー食べたい。

Posted by: yoo_san | 2004.05.18 at 10:16 PM

思わず蕎麦を食べたくなってしまいました。
おいしい蕎麦、食べたいなー。
それにしても、実益をかねたなんとも贅沢な趣味ですね。
まさに悠々です :)

Posted by: yuki | 2004.05.18 at 08:49 PM

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